<明治>法律よりも、裁判官の判断が優先されて出た判決

 

 

今から130年ほど前の話。

1880年代の頃のこと。

 

 

夫が病気でお亡くなりになり、

しかも妻との間には子どもがいなかった。

 

 

なので、普通に亡き夫の妻が、夫が残した財産を相続して

財産を自分の物として扱おうとしたら、

当然の如く、夫の親が異議を唱えて出てきた。

 

 

 

・・・まぁ当然ですよねぇ、法がどうなっていようが

息子の財産を、その妻に丸々取られて好きに使われてしまうと思ったら

待った!それはお前の財産じゃないと、言いたくなる気持ちも分かる。

 

 

息子が亡くなれば、その妻は、、、いや妻だった女は完全に赤の他人。

子どもさえ残さなかったヤツにやる金なんて一銭もない、

っていうのが、亡くなった夫の親の心情でしょう。

 

 

 

で、夫の親は、自分の娘、、、つまり

夫の姉に、夫の財産の相続権があると主張した。

 

 

だから妻に対して、お前にやる財産ないから!と

裁判所通して訴えてきた。

 

 

 

で、裁判所いわく、

当時の民法に基づけば、夫の親族に相続を認めるべきであるのだが

当時の民法は外国から入ってきたばかりの民法であり

相続に関してだけは日本にはそぐわない、と思う。

 

 

ひとつ屋根の下において、夫と妻がともに

手を取り合って協力して、どちらもがんばることによって

家庭というのは築けるのである。

 

 

家庭において夫に次ぐ者は、その妻であることに間違いない。

 

 

よって、夫が亡くなり、夫との間に子どもがいない場合には

代わりに妻が家を継ぐのであり、

もちろん夫の財産の相続権も得るべきである、、、と判断した。

 

 

 

・・・当時、民法が海外から入ってきて

それが使われて、いろいろ判決を出したり

とかしていたらしいが、

相続においては、海外から入ってきた民法だと

夫の親族寄りの判決になってしまう、、、

 

 

それでも裁判官は、いろいろ考えて

亡き夫の妻に、相続権を与える方が

妥当だと考えたらしく、

妻への相続権をあまり認めていない当時の海外民法を

今回の事案においては適用するのを認めなかった。

 

 

 

一見すると、法律よりも、裁判官の個人の判断を優先するのか?

とか思いますが、その時期はいろいろ試行錯誤していた時期ですし

明治時代になってから、海外から入ってきた民法も

どのようにして国内で適用していくのか、とか考えていた時期ですし

いろいろと不完全だったので

そこらへんのいろいろな不備なところ、うまく適応できない部分は

裁判官の裁量で補っていく、、、という形になっていたんでしょうか。

 

 

 

まぁ海外では今現代でも、そういう感じの地域はありますから。

細かく法律で決まってないから、または法律が曖昧だからこそ、

ほとんど裁判官の判断に任せるとか。

 

 

そっちの方が柔軟に対応できるんだとか。

まぁしかし裁判官の考え方ひとつで、

判決が決まってしまうというのもアレですがね。

裁判官の権限もめちゃ強くなるし。

 

 

 

 

追記・・・・

 

 

今の国内の裁判でも一応法治国家でありますから、

一応法律上の理屈をつけて判決をくだしてはくれますが

はっきり言ってやっぱ法律よりも裁判官の個人的な感情が

影響しているんじゃないか、とか思う裁判の判決も結構見受けられますがぁ。

 

 

 

 

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