大昔から公共事業による私有地の強制工事はあった

水流

 

 

なんか、よく道路とかを作るために、強情に、

「ここは先祖代々の土地だから、絶対に譲れないんだ!」

とか言って

国だか県だかからの

立ち退き要請を無視している人が

強制立ち退き処置にかけられて

そこの土地に、かたくなに居座っているのを

職員から両手を抱えられて引きずり出されて

そこに建ててあった建物を

ガシャガシャと重機で豪勢に破壊して

強制的に工事を始められてしまうことがありますが、、、

こういうことは500年前にもあったらしい・・・

 

 

500年前、どこぞやの地域の法律で

地理的に田んぼとか畑に用水路を引くのに

いい土地があったら

そこが誰かの私有地でも

「みんなのために多少の我慢はやむなし」

と考えて

その土地の所有者が嫌がっても

その地域の偉い人の判断で

用水路を作ってしまってもいい、ということになっていた。

 

 

みんな自分の土地に用水路を作られることを嫌がった。

なぜかというと、最初は土地の一部だけに

用水路が作られるのであるが、

年々、何回も大雨とか降って、用水路の水の流れが激しく

なったりすることもあって

用水路の側面の土砂とかが削り取られて

用水路の横幅が広がっていくことによって

そこの土地の面積が狭くなっていくからである。

 

 

土地の持ち主としては、たまったものではない。

 

 

一応、用水路を最初に作った時には

その地域から集まった米(年貢)とかから

その土地の所有者に損害賠償金みたいなモノは

払われるのであるが

それでも、いろいろと面倒くさいから、みんな嫌がった。

 

 

、、、が、それでも、安定して、各田畑に水を供給できるようにするのが優先、

上の判断で

「やっぱり、この土地に用水路をかけた方が良い!」

とかいうことになったら

少数のそのような犠牲によって

他の人みんなの役に立つものを作るのであれば

それはやむなし、ということで

用水路の工事とかを、やめることはしなかった。

 

 

農業用の用水路を作れば、今よりも、もっと

作物が採れて、その地域の収入が増えますから

そこに作る必要があると思われれば

作らない理由なんてない!

 

 

まぁしかし一応、

上から一方的に、、、というワケでもなく

ちゃんと損害賠償するつもりだったみたいですし

今現代から考えれば、

当時としては、かなり穏やかだったのではないのでしょうか?

 

 

その地域のお偉いさんが、いっそのこと

土地を取り上げてしまうこともしなかったみたいですし

、、、、、たぶん。

 

 

 

とにかく、こんな感じで、公共の利益のために

個人が多少我慢をしてもらう、という考えは

当時からすでにあった。

 

 

しかし、

もしも反対したら、一方的に処罰してやる!

、、、ということには、一応、法律上なっていなかった

ということ自体の方が不思議か

当時の社会情勢を考えれば、、、ゆるやか。

 

 

なんというか、賠償金を払う、ということからも

下の連中に、あまりにも不満をいだかせるのは、良くないと考えたか、

そういうことが見て取れる。

 

 

まぁ、法律の条文上に

「工事に、土地の所有者達が、反対する気持ちも分からなくない」

と、その法律を作った

その地域の偉い人は、ある程度、

土地の所有者の心情を理解して

同情するようなことも述べてはいるので・・・

 

 

 

あと、ここからは余談、、、というか

あくまで私の考えですが

今現代において、

公共事業で、家とか土地をよいてくれ、とか言われたら

とっとと立ち退き料を、もらった方がいいので

むこうが最初に提示してきた値段で

できれば、すぐに納得した方がいい。

それでも、普通に一般の購入相場よりも高めの

十分な値段になっているので。

 

 

あまり値段価格を少しでも引き上げようかと思うなかれ。

とにかく、むこうが、払う!といっている

金額をはやく手に入れるべし。

変にネバったりすると、あとまわしにされて

金が手に入るのが遅くなる。

 

 

相手が、いくら払う~と言っていても

金って言うのは、自分の手元に入るまでは

まだ自分の金にはなっていないのである。

あくまで、いつか手に入る予定の金のまま、なのですよ・・・

 

 

 

SH

 

 

 

 

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