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江戸時代に“富くじ”が廃止になった経緯

ザックザク

 

 

大昔にやっていた「富くじ」(とみくじ)って知っているでしょうか?

 

 

番号が書いてある木札が入っている箱を

槍みたいなので、ついて中の札を刺して、当たり札を取り出す奴です。

時代劇とかで見たことないですか?

槍みたいなので突くから、富突(とみつき)とも言われていた。

今現代で行われている宝くじの原型ですねぇ。

 

今回は、この「富くじ」が

廃止に至るまでの経緯などについて

ちょっとだけ私が調べたことを簡単に(そしてテキトーに・・・)書いていきます。

 

 

 

「富くじ」は、幕府公認で

江戸時代初頭くらいから (1620年代頃くらい)

寺が、その修繕費用などを賄うために、おこなわれはじめたが

札(くじ券)の値段が、とても高くて、(1枚、数千円~数万円ほど)

なかなか一般の庶民には手は出せなかった。

気軽に買えるものじゃあない。

 

それに売られている札を

買い占めて、さらに高く転売する奴とかも出てきて

さらに高くなり、ますます買いにくい物になってしまった。。。

 

 

が、しかし、そんな時に

闇の富くじ発行人なるものが現れて

そいつらは寺で売られている、正式な富くじに代わって

“陰富”(かげとみ)なるものを独自でおこないはじめて

1枚数十円くらいの安い札を作って

庶民に売りはじめて、これが町中で流行しはじめた。

もちろん発行は、幕府などの上からの許可はまったく無い!

完全に違法だったみたいです。

 

その陰富というのが、どういうモノだったかというと

寺でやっている正式な富くじに合わせた枚数分の札をつくって発行して

その札を1枚数十円という安値で庶民の間で密かに売る、というもの。

(発行元が、チラシ屋をよそおって、町中を歩き回って売る)

 

そして寺で出た正式な、当たり札の番号を、

その陰富のあたり番号ということにして、

寺で販売されている札と同じ分だけの陰富札をつくって(番号も同じ)

寺で、これから出る正式なあたり番号を予想させて

有る中から好きな番号の札を選ばせて庶民に買わせていた。

 

 

 

そして、その陰富に、当たった人には、もちろん金を配当するが、

札が1枚数十円で売っているモノなので配当も安い、というもの。

しかし、ローリターンであっても、ローリスクであるがゆえに

庶民の間では気軽に楽しめるし、何回でも買える!

 

 

しかし、それでも、、、いや、それゆえに

(安くて継続的に庶民でも買い続けることが出来るから、常習性がすごい)

庶民の間で、その陰富に、ハマり出す人がたくさん現れて

身を滅ぼす人が出てくるほどの社会現象に・・・

完全に寺の修繕費用を集めるための富くじが、

陰富として、一種の流行賭博になってしまった。

 

なので、幕府は陰富を積極的に取り締まり始め

また、幕府公認でやっている寺の富札も売れなくなってきたので

(安い陰富が流行っているのに対して、以前として高いから・・・)

とうとう江戸末期には、

幕府は、富くじ自体をすべて全面的廃止ということにしてしまう。

(1842年くらいに廃止、、、全面廃止になるまで、紆余曲折あった)

そして、それは江戸幕府の後の、明治政府にも引き継がれてしまった。

 

まぁ明治政府が、その方針を引き継いだのは

庶民が賭博に走らないようにするため、というよりも

ほとんど政府の都合だったみたいで。

日本を宗教的な意味で都合良く統治できるように

寺への圧力をかけ続けるためだったらしいですねぇ。

もともと寺の修理費用とかのためにやっていましたからねぇ、富くじは。

江戸時代とは違って、明治に入ってからは、逆に

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)とかやって

寺とか破壊したりしてましたからねぇ。

 

 

そして、富くじ、が、「宝くじ」、として正式な形で復活を果たすのは

第二次世界大戦後になるのですねぇ。

なので、廃止になって復活するまでに

大体100年間ちょっとほどの、冬眠期間があったわけですね、

“くじ”という名の付く賭博モノには。

 

 

正式に、まったくもって、そういった“くじ”は

政府公認で100年以上行われなかったのか?というと

小規模なモノで、第二次世界大戦に入ってから

ちょくちょく「戦費を補うため」に

くじと“似たようなこと”をやっていましたが、、、、

結局、戦争で負けたので、売るだけ売って配当はなされなかったモノもあった。。。

 

なので、やっぱり、“くじ”が、ちゃんとおおやけに解禁されて復活した、

といえるのは第二次世界大戦後でしょうよ。

 

 

 

SH

 

 

江戸時代の富くじでも

一等が当たったら現代でいうところの1億くらい出ることはあった。。。

 

しかし課税されてしまい、当選金額から3割ほど引かれ

(税というか手数料ですが)

手取りで、7割ほどになってしまうらしい。

 

 

 

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