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就活の思い出② とにかく内定が欲しかった

 

 

※ 結構前に、酒飲みながら書いた記事ですので、、、ご理解を。

 

 

 

前回、神社で土下座している就活女子を見て

自分の就活時代を振り返る。。。。

そして、営業が嫌で、事務系の仕事を探していたら

いつの間にか内定が無いまま、卒業間近になっていた、

という話をしました。

今回はその続き。

 

 

 

親からのアドバイスで路線変更

 

・・・大学4年の卒業間近になっても、就職先が決まっておらず

焦りがあって、それで父親の相談したら

「今のご時世、なかなかいい就職先なんて無いだろうに。

特に男の事務職なんて、どこの会社もそんなに募集してないだろ?

それに事務職もけっこう精神的にしんどいぞ~」

「まぁ、たしかに営業や販売の仕事は面接行けば

けっこう簡単に採用してくれるだろうが、キツくて何年も続かないだろ~」

「いっそのこと、給料は多少安くてもいいから、工場作業員 とかもどうだ?

それなりの会社なら、けっこう現場の人間も、まともなヤツ多いぞ?」

、、、、とか言われた。

 

まぁ私もノルマのある、

または、ぱっと見ノルマが無くても潜在的にノルマのある営業とか

マメに転勤のある総合職とか

事務所内の人間関係とか、数字ミスとか

精神的につらそうな事務職とかよりも、

毎日工場内で黙々と単純作業に従事していればいいだけの工場作業員、、、

 

それも、力仕事とかあるガテン系ではなく

軽そうな商品を袋にひたすら包装したり、

ダンボールに詰めたり、検品したりする

軽作業のような仕事であれば、、、、

それなら、いいかもしれない、と思った。

 

この頃には、卒業間近で内定も無いので

すでに心も弱まってきていて

事務職もなんだか現実味が無くなってきたし

もうそれでいいや、いや、それがいい、とか考えるようになってきていた。

 

 

さすがに大学の就職支援課に工場作業員の求人は来ていないので

(製造業の幹部候補とかの求人はあるが、平作業員は無い)

さっそく地元のハローワーク(職安)に行って

新卒向けというか、若年者向けのそういった軽作業での

正社員の仕事を探し始めました。

 

そしたら、ちょうど若年者向けの 食品包装工 という仕事があったので、

申し込んですぐに面接を受けに行きました。

 

私の他に、20人ほどそこへ応募している、とハロワ相談員から聞いていたが

(なぜに?ちょっと多くないか)

なんか知らんが私だけが受かった。

なんでも応募した中で、当時一番若かったのは私だったみたいで、なるほど。

 

内定もらえた時は、すごくうれしかった。

ただの工場作業員の仕事なのにね。

とにかく就職できる、卒業後も次があるんだ! とか思った。

 

内定もらったあとに、会社からの誘いで

工場に中を見せてもらったが、

工場の中は意外なほど綺麗だし

現場の人はみんな、大人しそうな人ばかりに見えたし

みんなひたすら黙々と作業していたので

余計なこと何も言わずに、私も黙って仕事していれば

長くそこで仕事を続けれるかも、って思った。。。。。

 

 

 

そして大学卒業、アンド就職

 

それで、あっという間に月日は流れて大学を卒業して

その会社に就職して働き始めました。

卒業式の次の日から働きに行った。

 

最初、事務職で就活していたのに

なんで、いつまにか食品包装工になったんでしょうね?

 

大学まで出してもらって申し訳ない気持ちもありましたが

親からは特になにもいわれなかった。

まぁ最初に工場を勧めてくれたのは親の方ですからね。

 

それに授業料は半額免除で、親には授業料だけ出して貰って

普段、大学生活でかかる金は自分でバイトして出してましたからね。。。。

でもマジで工場で働くことになるとは思っていなかっただろ?スマン。

 

しかし、やはり、まぁ、働くのは私自身だし、

まぁ一応就職できたし、、、なので、めでたしめでたし、と割り切っていた。

 

仕事は案の定、一日中ひたすら食品を包装して

金属探知機にかけて、ダンボールだか、発泡スチロールに詰めるだけ、、、、

仕事自体は楽しくはないが、特に辛くもなかった。

 

まわりの人は優しくもないが、別に厳しくもなかった。

人間関係が希薄といったらいいのか

これはけっこう恵まれている職場ではないか?と思った。

班長とかいう、上司みたいな存在はいたけど、

簡単な仕事の指示だけしかしなかったので、気楽でした。

 

私はそんな中でも、ずっと単純作業ばかりだが

まじめに与えられた仕事だけは毎日スムーズにこなしていた。

大きな失敗とかもしなかった。

 

しかし、ひたすらベルトコンベアの前で手だけ動かしながらも

頭の中では1日中、仕事以外のこと他のことを考えていました。

 

「仕事が終わったら、このあと、どこによって何食って帰ろうかなぁ?」

 

「休日になったら、なにして遊ぼうかなぁ?」

 

そういうことを考えながら、まわりの誰とも特に話さず

朝から終業時間まで立ちっぱなしで

ベルトコンベア、または作業台の前で作業して過ごすのが

とてもストレスが無くて楽だった。

 

あと40年間、退職するまで、ずっと毎日こんな感じなのかなぁ~

俺の人生って何なんだろう?とか考えていた。

 

でも、こんなこと毎日やっているだけで

正社員として雇って貰い、毎月薄給ではあるが給料もちゃんと出て

ボーナスもそこそこ出るんだから

こんなご時世では、かなりの好条件だと思った。

うまくこの職場に入り込んだ、

このまま大人しく、しがみついていよう、って感じになってきていた。

 

・・・・とにかく、こんな感じの状態が半年ほど続いた。

 

 

 

事務職への転機

 

しかし、ある日、事務所の人から

「お前たしか大卒だったよな?

半年ぐらい現場で仕事してたし、現場の仕事も理解できたろう?

お前さえよかったら事務所で事務処理の仕事させてやろうか?

と声をかけられた。

 

正直、現場の仕事は楽だったし、安定していたが

大学卒業したてで、若かった私は

内心飽き飽きしていたので、仕事内容に変化が欲しかった。

(今思えば、その現状に満足すべきだった、、、、

会社に遊びにきているわけじゃないんだから)

 

それに私が最初に就きたかった、、、すでに諦めていた事務職の仕事につける!

という、希望がわいてきてしまったので

心が揺らいで、つい引き受けてしまいました。

 

・・・コレがいけなかった、、、、あ~あ。

仕事に希望なんて持つべきじゃ無いのにねぇ。。。。。

 

 

つづく

 

次回は 

<痛みをもって知ったこと

、、、痛くなければ分からない!>

 

 

 

SH

 

 

 

これは発売当時、買った。

工場での仕事って、どんなことするんだろう?と思って

参考までに買った漫画だが・・・

今振り返れば、けっこう書いてあることは、実際にあるあるだと思う。

 

どこの工場でも、現場は

パートや平社員は単純作業ばかりしているが、、、、

勤務年数を重ねた人は、経営陣などもっと上から

「製品の原価を少しでも安くするために、なんか考えろ!

どこかの製造工程とか減らせ」

とか言われて、各工程ごとのデータ取ったり、

作り方を工夫してみるなり、試行錯誤している姿をけっこう見た。

 

あと、上から「得意先の要望に応えた新商品を開発しろ」、とか

いきなり言われて、夜遅くまで工場に残って

失敗品を量産しまくっている姿も見た。

 

別に、やっている人達は、

ハタから見るとつらそうには見えなかったが

すっごい地道にやっていた。

 

生活かかっているから

やれと言われたことをひたすらやって

それなりの成果を出すまでやらなきゃいけないのは

仕方の無いことなのですが、

それとは別になんか執念を感じた。

 

意外と職人気質の人が多かったのかな?

 

 

 

 

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