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明治に入ってからも使えた、江戸時代の小銭の話

 

 

うろ覚えの知識とかで書いていくので、

そこらへんご理解を。

 

 

 

寛永通宝って知っていますか?

あの江戸時代に使われていた小銭ですよねぇ、

今で言えば、1文20円くらいの。

 

 

あの1文が寛永通宝という。

 

 

江戸時代の初め頃から作られ始めて、幕末に至るまで

200年以上使われた通貨であって、

かなりの間、国内の人々に使われた通貨だ。

 

 

長い間、人々に使い親しまれた通貨である、たぶん。

 

 

 

で、江戸時代が終わって明治時代になると、新しい通貨制度ができて

円、銭、厘の通貨制度に移行しました。

 

 

だから文が用なしになって、寛永通宝も洋梨になったのかというと

そうでもない。

 

 

長い間、庶民に使われた安い通貨として、

また発行された個数も多かったので、

明治時代になってからも使われたらしい。

 

 

1文を、今度は1厘として使われることとなった。

そして1厘も大体現代でいう20円程度の価値であった。

ちょうど1文と同じ価値ですね。

 

 

もちろん1厘通貨も作られたけれども、

寛永通宝がすでに多くあったので、それで代用しようと思ったんですかねぇ。

新たな製造費用もかからないし。

 

 

ということで、寛永通宝も明治時代以降も使われることとなった。

いつまで使われたんでしょうかね?

 

 

 

たしか法律によって、お金として寛永通宝が使えなくされたのは

戦後ちょっとしてからであったらしい。

 

 

で、それまでは明治になってからも、そのあと戦後に

廃止にされるまで

普通に使用されていたのか?、、、というと、そういうわけでもないらしい。

 

 

明治初期頃から、すでに、

寛永通宝は金属として好きに鋳つぶして

なんらかの素材として使ってもいいよ、とか言われていたし、

明治中頃になると市場の流れる量も少なくなってきたし、

明治の末頃になると、

1厘としてマッチとか紙とかの些細な日常物品で

代用されるようになったんだとか。

 

 

一時的に、物々交換の時代に戻ったのか?

 

 

そして明治時代が終わって、大正時代になると

厘という通貨単位自体はまだありましたが、

税金とかでおさめる金には厘は切り捨て、とかいうことになったらしい。

そしてそれにならって、商売とかでも使われなくなってきた。

 

 

ふ~ん。

つまり大正時代から以後、寛永通宝は、ほぼまったく使われなくなった。

過去の遺物、諸行無常。

 

 

 

で、だらだらと法律上では、使えることにはなっていたが、

戦後何年かしてから、やっと、

これからは1円未満の金は使えませんよ、ということになり

役割を完全に終えた。

 

 

 

ちなみに今現代のネット上では

寛永通宝は300円くらいで売っていますね。

 

 

 

 

SH

 

金運UPとかのオマモリって感じで、

ひとつ持ってみるのありかも。

 

 

 

 

 

<使用 可能 厘 小銭 江戸時代 明治時代 貨幣 通貨 補助貨幣>